2019年7月29日月曜日

キャッシュレス? 私はゴリゴリの現金派。しかもダラ銭派だ!!



アレはなぜ「PayPay」というのだろうか? 「払え払え」といわれているようでワタシャ気に入らない。2音のワードを繰り返せば可愛いってか。なんなのだその高圧的な態度は。こっちはカネなんかいついかなるときでもビタ一文支払いたくないのだ。敏感にもなる。「HeyHey」とか「MyMy」にしてくれたら爆音つきで使ってやってもいい。



むかしある地方銀行のATMに本来なら「お引き出し」と表示するべきタッチセンサーに「支払い」と表示されているのを見てびっくら仰天たまげたことがある。つくづく自分本位の銀行である。とうぜんのごとくいまはもうない。



私はカネが好きだ。そしてカネは現金に限る。いずれにしろ人間がつくった約束事に過ぎないけれども、現金と電子決済とではまったく意味合いが違う。私の場合。



電子決済ではある日突然、決済会社にケツをまくられればそれでお終い使えないけれども、現金はしぶとい。現金というブツの存在それ自体が価値を担保するのだ。だからたとえば三上悠亜(25)の財布に入っていた百円玉なら110円出してもいいとは思わないか?



現金には威厳と愛嬌がある。あんな小さな紙片や金属片にいろいろと手の込んだ細工をして、一円玉ならわずか1円だし十円玉でもたったの10円だ。お上と結託してなんだかだとエラそうな電子決済はブツですらない。



ブツである現金の最大の魅力は手元において愛でることができるところだ。十円玉や百円玉をテーブルの上に高く何本も何本も積み上げてみい。楽しくて楽しくてときが経つのも忘れるど。「PayPay」はいくら名前が可愛いかもしらぬが、それでスマホに頬ずりして楽しいか?



あと、これはここだけの秘密だけれども、一万円札を体にペタペタ貼るとたちどころに気分爽快、体調までよくなる。カネは百薬の長である。あ、これは前にもどこかに書いたかも。



しかし私はそのときのために、カネを膏薬のように全身に貼るときのために、ちゃんと新札を用意してあるのだ。古い札だと不潔なばかりか悪い思念が染み込んでいそうで心配だ。



では現金では紙幣か貨幣か、と問われれば私は貨幣をとる。ダラ銭。メタルだよメタル。いまどき1円から買える、しかも1円単位の量り売りで買えるメタルなんて、考えてみれば奇跡のようではないか。



その貨幣、すなわち硬貨をたんまり仕込んでズボンのポケットを重く膨らませて歩くときの充実感をキミは知っているか? いまやもう絶滅寸前の男の特権というやつかもしれないな、これは。小学生っぽいが、ちょっとした金持ち気分に浸れるぞ、私は。



しかし、いつもいつもポケットに硬貨を入れているとそのうちにポケットの内袋がすれて破れてしまう。そこから硬貨が落ちる。けれども、これもまたいいのだ。一歩一歩足を運ぶたびにズボンの内側を硬貨がツツツーと滑り降りていく快感はたまらないものがある。湯気も立たないし。



ポケットから落ちた硬貨を最終的に確保するための靴はルーズなアンクルカットに限る。長靴のなかにズボンの裾を入れてしまえば外に転がり出ることはなくまったく完璧だが、すべて根こそぎの底引き網のようでおもしろみに欠ける。その点アンクルカットは上手く靴の内側に収まるかどうかのスリルが味わえるぞ。



五円硬貨や五十円硬貨はヒモで束ねてネックレスにもなるし、いざとなれば銭形平次のようにペシッと投げつけて悪者をやっつけることもできる。硬貨はいい。銭形平次、諸君は知っているか?



キャッシュレス決済に押されてさも肩身が狭くなりつつあるような印象の今日このごろの現金ではある。しかしまだまだそのような事態にまでは到っていない。現金には強制通用力というものが法律で保障されていて、これで支払うといわれれば、紙幣なら無制限に、貨幣なら同一金種20枚まで、無条件に受領しなければならないのだ。なんなら千円札で家を買うこともできる。



ただし、事前にこの店は現金不可、などと告知されていればこの範囲ではない。うっかり強気で息巻いて恥をかくことのないようにお願いしたい。



いまいましいことに時代の趨勢は急速にキャッシュレスに傾斜しておる。いくら抵抗してもやがて現金の肩身が狭くなる日がくるかもしれない。そんなときいちばんの矢面に立たせられるのは高齢者だ。レジ前で財布から現金をつかみ出すのも遅いし。



であるならば、店舗のほうが「現金大歓迎セール!!」を打てばいい。ヒット間違いなし。私ならその店の熱烈なファンになるぞ。ダラ銭ジャラジャラで毎日駆け付けるぞ。



しかしそれでもなお現金は駆逐される運命にある。そこで、である。これもここだけの話なのだけれども、私はこっそりこんこん、硬貨を溜め込んでいるのである。紹興酒のカメに。くくくくっ。いつか現行の硬貨がめずらしいものとしてコレクターズアイテムになれば、私は大儲けである。



であるからして、それよりもっと近い将来に戦争が起こり、日本も当事国のひとつになって、とはいえ元は貧乏国なので「各家庭の金属類はすべからく軍に供出すべし」などと命じられても、こっそりこんこん硬貨の入った紹興酒のカメは土中に埋めてここ掘れワンワン犬など近付けないのだ。



しかしいつのまにか1億総甲斐性なしになっていて、しかもなんのためなのかもいまいちはっきりしない戦争に駆り出されても、すっきりはっきりコールドゲームの勢いで負けるに決まっているのである。そのとき、私の紹興酒のカメに溜め込んだ硬貨は占領軍およびその家族たちの日本土産、Japan Souvenir として大人気になるのだ。あ、旧日本土産か。ここでも私は大儲けしてしまう。いやいや困っちゃうなあ。



あ、でもそんな事態に立ち至る前に私はきっと死んでしまっているに違いない。もうそんなに先は長くない。いくら現金があってもあの世にまではもっていけない。そういうわけで、私の紹興酒のカメに入った硬貨は土中深く誰にも発見されず、ビンテージのときを刻んでいくであろう。



それでもって幾星霜、考古学者たちがようやく私のツボを掘り当て、こう呟くのである「わが国共産王朝時代末期の硬貨だ」と。いつもこの手だ。厚かましい。



硬貨はいいぞ、硬貨はいい。かつて日本という国があったという証拠になる。かもしれない。(了)





 † どうしてもどっちつかずのヘタレ芸人、岡村隆史(49)すら矢部浩之(47)の「いい方向に向かったらいいな」には苦笑

 †† 「会長・社長の仲間」のイメージ払拭に必死の松本人志(55)の次の一手は「社長が辞めなければ自分が辞める」。そして以前から「会長が辞めるなら自分も辞める」なのだが、「自分が辞めても誰も辞めない」にき気付いていない

 ††† 辞める発言続出の吉本興業騒動に「かつての左翼闘争を見ならえ」の声

 †††† 揺れ動く吉本興業に民青(日本共産党傘下の日本民主青年同盟)の実行部隊が潜入の噂

 ††††† 同様に旧オウム真理教のAleph、幸福の科学も虎視眈々







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