2017年1月10日火曜日

小林麻央と市川海老蔵の、シリアスで不思議な物語



私はたいへんに薄情、冷酷な男である。実の父親が死んだときにも涙など出なかった。しかし7年ほど一緒に暮らした犬が死んだときには、ほんとうに声を上げてワンワン泣いた。大のオトナなのに、と自分でも驚いた。



父親とは特別に折り合いが悪かったというわけではない。父親自身ごくまっとうな男であった。十分すぎるほど大切に育ててもらった。それなのにその死に臨んで涙も出なかったのは、たぶん父親が人間だったからという、ただそれだけの理由だと思う。ひどいヤツである。



そんな私が1月9日放送の「市川海老蔵に、ござりまする。」(日本テレビ)について考えたことを書こうと思う。どうせロクなことではない。これをこうして語ること自体が思いやりに欠けた配慮のない行為だとおっしゃる方もおられるだろう。しかも私はこれを芸能という視点から眺めているのである。まずここから歪んでいる。歪んでいるけれども、これがいまのテレビ芸能というものだ。これについても語れればと思う。



小林麻央(34)は2014年10月に乳癌が発見され、現在はすでに骨や肺に転移のあるステージ4であることを公表している。ステージ4とは癌がもっとも進行している段階にあることを示すものだから、状況は決して楽観できるものではない、というか厳しい。



小林麻央の夫は、ご承知の通り歌舞伎の名門、市川流宗家「成田屋」の当主・市川海老蔵(39)であり、2人のあいだには5歳の長女と3歳の長男がいる。また実姉はフリーアナウンサーの小林麻耶(37)である。



一部のスポーツ新聞が小林麻央が癌であることを報道し、さらにこれを受けて市川海老蔵が緊急会見を開いた2016年6月9日以来、小林麻央の病状や家族たちによる看病、支え合い、さらに暮らしぶりなどまでが逐一、芸能マスコミに取り上げられるようになった。いわば日本国民注視のもとでの闘病である。しかしそこになぜかしっくりしない、落ち着かない印象を抱いているのは私だけであろうか?



こうした事態をつくりあげているのは、マスコミの商業主義と世間の人々のゲスで、だから自然な野次馬根性と、それから市川海老蔵の芸能者としての業なのだろうと私は思う。



マスコミの商業主義と世間の人々のゲスで自然な野次馬根性というのは、いまさらご説明する必要もない。それで視聴率、販売部数、閲覧数が伸びるとあればマスコミは放っておかないし、有名人一家の一大事となれば世間一般は興味津々、思わず覗き見せずにはいられない。



こうした場合、往々にしてマスコミと世間は、人の不幸を嗅ぎ回る己の所業のはしたなさをお互いのせいにするけれども、それは違う。マスコミは金になるから報道するし、世間はただおもしろいから鵜の目鷹の目になる。



金の向うには視聴者なり読者なりがいるではないか、とおっしゃるだろうけれども、金になるからこれを報道しようと考えるのはマスコミ自身である。なにもこちらが報道してくれと泣いて頼んでいるわけではない。視聴者や読者のせいにはしないでほしい。



市川海老蔵家の闘病ドラマはこうして日々刻々と消費されているわけである。で、とうぜんこのドラマのクライマックスを待ち受ける気分も出てくる。こんな縁起でもないことはいいたくないけれども、特別番組や特集ページの用意もすすんでいるはずである。なんだか最近はそんなのばっかり。ところがぎっちょん残念でした!! とみなさん鮮やかに復活されることを心から願う。



で、市川海老蔵の芸能者としての業のお話である。まず、去年の暮れにビートたけしがテレビ番組、『たけしの誰も知らない伝説~ニッポンの天才たち2016~』(「テレビ東京」2016年12月30日放送)で市川海老蔵について語った内容をご紹介したい。記事は『スポーツ報知』(2016年12月31日配信)からの抜粋である。



【ビートたけし語った…海老蔵は「ちょっと変な人、生まれながらのスター」】

《03年にNHK大河ドラマ「武蔵MUSASHI」で共演歴がある司会のビートたけし(69)は「何度もリハーサルがあるのに毎回熱演する。ちょっと変な人だなと。タップダンスをやっていた頃、急に家にピンポンピンポンって来て『やっていいですか?』って。少ししたら『テレビ見ていいですか?』。1時間テレビ見たら『飲みにいきませんか?』。生まれながらのスターだと思った。思ったことをパッとやる」と海老蔵のスター性に感心しきりだった。》



市川海老蔵は自分の感覚、自分の規範、自分の時間で生きているのである。ほとんど他人が介在する余地はない。他人からの評価もさほどアテにしていない。となると自分自身の達成感なり充実感なりをモノサシにするしかないので「何度もリハーサルがあるのに毎回熱演する。」という事態になる。



自分自身の達成感なり充実感なりというのは、ひとことでいえば十分にかぶいたか、ということである。市川海老蔵自身が実際に自分を「かぶき者」という言葉で見ているかどうかはわからない。しかし父親である第12代目市川團十郎は、はっきりと自分のことをそう規定していた。



「世間さまが右を向けば左を向く。逆に左を向かれるのであれば今度は右を向く。そういう天の邪鬼のような、常識にあえて逆らうようなことが私たちかぶき者の生き方だと思う」というようなことをラジオのインタビューで語っているのを聞いたことがある。これは歌舞伎の本質について語った言葉で、そのようにして人はかぶき、神に通じるマレビトとなって芸能を司るわけである。



自分を中心に世界が回っている、といういいかたがあるけれども、市川海老蔵の場合は自分を中心に世界のほうが勝手に回っているのである。そこでふだんの海老蔵がやっていることは、私から見れば日常、非日常のあいだのいったりきたりなのだと思う。



酒場での大立ち回りもそれである。かぶき者に背負わされた宿命なのである。だからこそ芸能の神のおぼえめでたくなるわけである。女遊びは芸の肥やしというけれども、女遊びはいちばん安直なかぶきということもできる。ああ、歌舞伎役者ではあってもまったくかぶき者ではない方々も大勢いらっしゃることは、やっぱり付け加えておこう。



そんな市川海老蔵が妻の癌をどう扱うだろうかといえば、これはもう大々的にみなさまにお知らせするほかないのである。別に借金がたくさんあるから稼がなければとか、大勢に励ましてもらって頑張ろうとか、もっと卑近に、ただ黙っていてもマスコミにつけ回されるだけだから、という理由ではない。



ただ私のところが少しようすの違ったことになっているからお見せしたい、ということなのである。もちろん海老蔵も悲しくて辛い。しかしこれをお披露目せずにはいられないのが、かぶき者としての、芸能者としての海老蔵の業だと私は思うのである。



で、さて1月9日放送の「市川海老蔵に、ござりまする。」である。『デイリースポーツ』(2017年1月9日配信)から、重要と思われる部分をご紹介しよう。



【海老蔵 麻央は「夏は絶対無理だと思った」TVで告白、奇跡伝える】

《歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)が9日、日本テレビ系で放送された特番「市川海老蔵に、ござりまする。」(午後10・00~)に出演。「今だから言える」と切り出し、妻でフリーアナウンサーの小林麻央(34)が昨夏までもたない、と思っていたことが昨年10月時点のインタビューで明かされた。
—〈略〉—
「絶対に治らないレベルの病気だったんです。本当に。言っちゃえば。本当に。まさか手術ができると思わなかった」と告白。「早かったら3、4、5月で、多分、ダメだった。今年の夏は絶対無理だと思った。今、10月でしょ、もうすでにこの時点ですごいことが起こってる」と“奇跡”が起こっていることを真剣な表情で伝えた。》



市川海老蔵は去年の夏にまったく異例の長期休暇を取り、しかもその休み中の行動予定を土壇場で一切白紙に戻したという報道があり、さらに小林麻央の姉の小林麻耶の5月中旬からの体調不良による休業がいつまでも明けないことなどから、小林麻央の病状がかなり悪化している察しはついていたのである。



しかしそういう危機的状況にあったことをこの1月初旬に公にするとはいささか驚いた。去年10月に密着取材のスタッフに語ったのは番組を制作していくうえで必要なことなのだろうとわかるのだけれども、それをここで公にするという判断はどこからきているのだろう? と気になるのである。



血も涙もないテレビ芸能的に考えれば、昨年6月から続いている報道に中だるみが生じてきたのでこのあたりで新たな燃料を投下した、ということになる。あるいは小林麻央の体調が安定してきたので過去のエピソードとしてそれをいったん整理しようと考えた、と推察することもできる。逆に切迫した状況にあることを間接的に、広くしらしめようとしたとも考えられる。もちろんいずれにしても小林麻央の同意のもとで行われているはずである。



番組では小林麻央自身もインタビューに答えている。癌の公表後はじめてのテレビ出演である。こちらは『サンケイスポーツ』(2017年1月10日)配信から抜粋してご紹介しよう。



【小林麻央、がん公表後初テレビで涙 夫を支えるチャンス「神様ください」】

《(小林麻央は)今月4日に病室でインタビューに応じ、夫で歌舞伎俳優、市川海老蔵(39)に感謝。「役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを、神様くださいっていつも思うんですね」と涙ながらに切なる願いを打ち明けた。

麻央は黒のウィッグにナチュラルメークをして病室で取材に対応。2014年10月に乳がんが判明したが、闘病1年が経過した時期にかわした夫婦の会話を述懐。「これ以上迷惑をかけられない」と海老蔵に漏らすと「1年がなんだよ。ずっと支え合うんだよ」と励まされたと笑顔で語り、「病気になる前は理解できなかった主人の考え方や心の持ち方を、想像できるようになった。病気をして得たものの1つかな」と明かした。

笑みを絶やさなかったが、「もし私が病気、試練というものを乗り越えられたときに、病気をする前よりもちょっといいパートナーになれるんじゃないかな」と涙。「すごく思うのは、役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様くださいっていつも思うんですね」と大粒の涙を再びぬぐった。

続けて「主人と結婚したからこそ、こうして生きていられる。そうじゃないと心が死んじゃっていたかもしれない」と感謝を込めて7分のインタビューを締めくくった。》



哀切である。小林麻央にしてみれば生死を賭けたリアルな現実、苛烈な闘争なのである。面白半分にとやかくいわれる筋合いのものではない。かぶき者の妻だからといってそのことまでが変わるわけではない。辛く、悲しいお話なのである。



しかしここにかぶき者である市川海老蔵がいることで、私たちはことの一部始終を海老蔵の“作品”として見ることができるのである。海老蔵が癌と闘う小林麻央を懸命に支え、さまざまにケアし、働きかけているので“作品”と呼べるというあたりまえのお話ではなくて、歌舞伎役者・市川海老蔵の歴史に立ち会っている感覚があるのである。



絶対的な悲劇と、それを望むも望まぬもなく“作品化”してしまう歌舞伎役者・市川海老蔵の芸能者としての業の交錯。これがおそらく冒頭に書いた「しっくりしない、落ち着かない印象」の理由だと思う。絶対的な悲劇ではあっても、市川海老蔵という存在のおかげで完璧な悲劇にはなりきれないのだ。



こうして、この1月9日の放送で小林麻央とその家族の闘病の物語はいったん仕切り直され、次幕へと進む。幸いあることを祈る。(了)







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